【畑から、都農を知る Vol.4】みかん農家 黒木修二さん・征代さん

温暖な気候に恵まれた都農町では、昔からみかんづくりが盛んに行われてきました。潮風が吹き抜け、冬でも比較的あたたかい気候、そして水はけの良い赤土。この土地が育てるみかんは、「甘くておいしい」と町内外で評判です。

今回の【畑から、都農を知る】では、50年以上にわたりみかんを育て続けてきた「まる道農園」の黒木修二さん・征代(ゆくよ)さんご夫妻にお話を伺いました。

■町じゅうがみかん畑だった時代から
まる道農園は、征代さんの父・黒木道則さんが50年ほど前に始めました。当時、国の「美々津国営開拓パイロット事業」により、都農町には多くのみかん農家が誕生しました。

征代さんは、
「当時はこの辺り、藤見地区から立野地区あたりまで、全部みかん畑だった。」
と振り返ります。夜になれば10号線から見える山々に誘蛾灯の光がサンサンと星のように輝き人の目を誘っていました。

しかし、1980年代後半の「オレンジ輸入自由化」によって価格が下がり、みかん農家は急激に減少。まる道農園が加入する町内の「桜団地生産組合」も、16軒ほどあった農家が今では4軒となりました。

「みんな畑はあっても後継者がおらんから。」と征代さん。
全国的にも同じ状況ですが、都農町も例外ではありません。

■小さい頃から「私が跡取り」
征代さんは、幼い頃から父のそばでみかんと共に育ちました。

「三姉妹の真ん中やけど、私が一番合ってた。昔から父と『跡をとるのは私だ』って言ってた。小学生のときからみかん山に連れていかれよったもん。コンテナで遊びよった。」

高校は農業高校へ進学。そこで出会ったのが、後に婿養子となる修二さんでした。
二人はみかん農家を継ぐつもりでいましたが、結婚当時は父・道則さんがまだ40代で働き盛り。「まだ仕事していいわ!」と言われ、修二さんは神職の資格をとり、都農神社の神主として、征代さんも巫女として働きました。

20年前に道則さんが亡くなってからは、母・アキコさんを中心に圃場を管理し、修二さん・征代さんも休日のたびに畑に通い、防除や施肥を続けてきました。

圃場は山畑と近場の両方にあり、女性一人では管理が難しく、当初4町(12,000坪)ほどあった畑の面積を半分縮小。それでも家族で守り続けてきました。

現在56歳のお二人は、修二さんが50歳で神社を退職し、本格的に専業農家として再出発。「減らした分をまた戻そう」と、少しずつ畑を元の規模に近づけています。

■まる道農園で育てる多彩な柑橘
まる道農園では、温州みかんを中心に、雑柑・香酸柑橘まで幅広く育てています。

温州みかん:日南一号、興津、石地、青島
雑柑類:はるか(日向夏)、ぽんかん、はるみ、早香、不知火
タンゼロ類:スイートスプリング
香酸柑橘:レモン、かぼす、花柚子

温州みかんが最も多く、不知火や「つのぽん(デコポン)」も人気です。
販売先は、道の駅つの、Aコープ都農店、無人販売所、ふるさと納税、個人注文など多岐にわたります。

まる道農園のみかんは町内でも人気があり、店頭に出ても全部完売になるほど。
個人の方からの注文も多く、お歳暮シーズンには、「10kg×30箱」を毎年購入する方もいるそうです。

■「桜みかん」というブランドを守る
まる道農園の温州みかんは「桜みかん」という名前で販売されています。
父・道則さんの代から続く名前で、桜並木のある地域「桜団地生産組合」に由来します。

以前、人気が高まったことで他地域でも名前が使われるようになり問題になったことがありました。そこで、修二さん・征代さんが組合と話し合い、正式に商標登録を取得。

「『桜みかん』は今はもうブランドとして成り立っているもの。大事にしていきたい。」と征代さん。
桜みかんは都農町の冬の味として愛され続けています。

■都農の土と気候がつくる、香り高いみかん
都農町は海に面していて風通しがよく、温暖な気候が続きます。
特に、まる道農園の畑は特に「赤土」で、香りの良い実が育つのが特徴。

「やっぱね、合う土、合わない土があるからね。赤土がみかんにはいいとよ。
 ちっちゃい頃、父たちが植えてるときに見た、真っ赤なきれいな土。未だに忘れられない。」
と征代さん。

水はけが良く、ミネラルを含む赤土は、豊かな風味のみかんを育てます。

■見えないところに積み重なる“手間”
みかんづくりは一年中、絶え間なく作業が続きます。

・2〜3月:芽が出る前の整枝・剪定(不要な枝を切り落とす作業)
・春〜初夏:開花、摘蕾(てきらい)・摘花(不要な蕾・花を摘み取る作業)
・夏:摘果(実の数を調整する作業)
・秋〜冬:収穫
・年間:施肥、防除、草刈り

どれも次の年の味を決める大切な作業です。

●除草剤は最低限。草刈りが“おいしさ”をつくる
夏の草刈りは猛暑で倒れそうになるほど過酷ですが、欠かすことはできません。
刈った草が堆肥となり土を柔らかくし、根を守ってくれます。

「みかんの根は横に広がるので、上に草の布団をかけてあげるようなもの。皮も薄くなって、おいしいみかんができるんです。」と征代さん。

除草剤の使用は根から離れた場所に最低限のみ使用して、細心の注意を払っています。

● 潮の満ち引き・月齢を見て作業を決める
まる道農園の作業場には、1年分の月齢をまとめた「月齢カレンダー」が貼られています。
父・道則さんから受け継いだ知識と経験に加え、修二さん・征代さん自ら積極的に学び、そのカレンダーを見ながら作業日を調整しています。

病気や虫の発生が潮や月齢と連動すると感じており、防除は必ずそのタイミングに合わせます。

経験を積むほど、樹の様子と月の動きがつながって見え、『みかんはその前の年にどれだけ手を加えているかで出来が変わる』ということに気づきました。
そのため、「今の仕事をしながら、来年の準備を並行してやってる。手を抜かずにしないとみかんもいいものがならない。」と征代さんは話します。

● “お礼肥え”
収穫が終わると、木に与えるのが「お礼肥え」。
一年間たくさんの実をつけ、栄養を使い切った木に、来年も元気に育ってもらうための“ご褒美”の肥料です。
お礼肥えをすることで、翌年の芽吹きがそろい、花のつきがよくなると言われています。
実をつけてくれた木に感謝して肥料を施します。

■気候・病害虫・獣害とのたたかい
農業は自然相手。毎年条件が違います。どれだけ手をかけても、最後は天候次第。
昨年は、梅雨明け後の記録的な猛暑と雨不足で、花が咲いても受粉せず、実が育たない不作の年でした。

今年も雨が多く、熟す前の果実が大量に割れて落ちる「生理落果」が起きました。
落ちた実を見て「今年もダメかもしれん」と心配だったと修二さんは言います。

それでも丁寧に手をかけ続けた結果、自然の“摘果”が良い方向に働き、残った実は立派に育ちました。
「実が重すぎて木が垂れるぐらいできてますもんね。おかげさまで。」と二人も喜んでいます。

日焼けを心配した猛暑も、結果的に葉を強くし、みかんによっては糖度13度に。
「青い時点で13度!おったまげたっちゃから。」と修二さん。

一方で、年によってはカメムシやカミキリムシの被害、山側の圃場ではイノシシ・ウサギ・鹿の獣害も深刻。
ネットや電柵を設置しても突破されることがあります。

最近は犬を2頭迎え、獣害対策に抜群の効果が出ているそうです。
「ワンちゃんのおかげで、今年は食べないもん!匂いってすごいよね。」

天候、害虫、害獣に振り回されながらも、木が応えてくれた瞬間が、また次の年の励みになります。

■みかんの木が“農家になる”までの長い時間
みかんの木は植えてすぐ実がなるわけではなく、本格的においしい実が収穫できるまで10年以上かかります。

「10年頑張らんと収穫できんのよ、って言うと驚かれる。
 手をかけなかったら枯れてしまう。それだけみかんって繊細。」

夏の防除作業は薬剤4トンを扱う重労働で、真夏は命がけ。
それでも二人は手を抜かず、日々畑と向き合い続けています。

■未来へ続くみかん畑を
みかんの樹は、50~60年が切り替え時。
まる道農園では古い樹を少しずつ更新し、200本以上の苗木を植えてきました。
それでも枯れてしまう木もあります。

都農のみかんを未来へ繋ぐには、体力・知恵・時間の積み重ねが欠かせません。
お二人の姿勢からは、土地とともに生きる農業の強さと優しさが伝わってきます。

■さいごに
みかんは、ただ甘いだけではなく、畑を守る家族の歴史、積み重ねてきた手間、都農の風土がぎゅっと詰まった“土地の恵み”です。

これからも【畑から、都農を知る】シリーズを通して、食材の背景にある人と物語をお届けしていきます。

書籍『みんなが喜ぶ ワインのおかず』では、みかんを使ったレシピ「みかんとモッツァレラの都農カプレーゼ」を紹介しています。
ぜひご家庭でも、都農の味とワインのマリアージュをお楽しみください。

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